「サスケッ!起きなさい!もう学校行く時間よっ!!」
母さんの声で、目が覚めた。
頭がぼんやりする。
ベッドに横になったままでいると、そのすぐ隣にしゃがんでいる母さんが心配そうに見つめていた。
「どうしたの?昨日帰ってきてからずっとぼんやりしちゃって・・・。具合悪いの?」
その問いかけに静かに首を横に振る。
「・・・・そう。学校は、どうする?休む?」
「いや、行く・・・。」
母さんはまだなおも聞きたそうな表情だったが、聞いても答えようとしないと思ったのか、(まぁそうなのだけれども。)「早く降りてきなさいね。」と言って、部屋を出て行ってくれた。
しぃんと静まりかえる俺の部屋。
―あの時、俺は、どうすればよかったんだろう。
あの後、ナルトとは帰り道の関係で、すぐに別れてしまった。
何も、言えなかった。ただただ後姿を見送るばかり。
やっと、会えたと思ったのに。
仲良くなれそうだと思ったのに。
・・・あいつは、もうすぐ、いなくなってしまうんだ。
胸が苦しくてしょうがない。
堪えきれなくなって、布団を被って泣いた。
とても、静かな朝だった。
Ⅵ 決意
学校に着いたころには、もう4時間目が終わっていた。
サスケは教室につくとすぐに机に突っ伏した。
教室内は昼休みに入ったからか、さっきの自分の部屋と違って、ひどく騒がしい。
けれども、いつもはうざったくてたまらなく感じてしまうこの教室が今日は少し心地が良かった。
・・・放課後も、今日は行かないようにしよう。元々、ばれたらまずいことをしていた。
もう、やめよう。無かった事にすればいい。そうすれば・・・・きっと・・・
この痛みも、いずれ消えてくれる。
どうしても、考えたくなかった。苦しくてどうしようもなくて。
そんなことを考えていると、突然上から声がした。
「サスケ君、ちょっと・・・一緒に来てくれる?」
顔を上げると、サクラがなにやら難しい顔をして立っていた。
連れてこられた場所は、もう行きたくないと思っていたあの美術室だった。
あの絵も昨日のまま、布がとられている。
胸がまた苦しくなった。一刻も早くこの場を離れたい。
そんなサスケの様子に気付いたサクラが引き止めるように口を開いた。
「ねぇ、サスケ君。もしかして・・・・ナルトのこと、好きだったり、する?」
サクラの突然の言葉に思いきり固まってしまった。
「・・・・。」
「だ・・・だって、いっつもいっつも、放課後、あのナルトの絵、見てるじゃないっ!
最初はサイのこと好きなんじゃないかって思ってたけど・・・でも、サイに向ける顔と、この絵に向ける顔じゃ、全然違うから・・・・」
思いっきり、見られていた。
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
ばれてしまった。
「・・・なんていうか、この絵を見てるときのサスケ君、すっごい幸せそうで、もしかしたらって思って、だから・・・・」
「・・・・・・・・あぁ、そうだよっ!!好きだよ、ナルトのことが!!」
黙って立ち去れば良かったのに。
いや、それでもそれが答えになるか?
気がつくと、大声で叫んでいた。
鼓動が早くなっていく。
言ってしまったからには、もう、逃げれない、ごまかせない。とまらない。
「・・・っ最初は絵を見てるだけで幸せだったんだ!でも、抑えきれなかった、好きで好きで、しょうがなくなった、
会いたくて会いたくてたまらなかった!」
表に出せなかった思いが、滝のように落ちてくる。
わずかな理性が止めようとしても無駄だった。
「それなのに・・・昨日、やっと会えたっってのに・・・、もうすぐ・・・いなくなる・・・・死んでしまうなんて・・・・・俺は好きなのに、なにも言えなくて・・・・、それで・・・・」
「ならっ・・・今までのこと、サスケ君の気持ち、なかったことにするっていうの!?」
サクラの言葉に、ずきっと、胸が痛んだ。
「・・・・。」
「・・・図星、なのね。」
「・・・・じゃあどうすればいいってんだ!?こっちは知ってたって、あっちは・・ナルトは俺のことなんて、昨日初めて知ったんだ!それなのに・・・・っ、だから、これでいいんだ、そのほうが、」
「できるわけ、ないわよ。」
「・・・・っ」
「サスケくんだって、そんなこと、分かってるんでしょ?」
思わず口を閉じた。
サクラの言うとおりだ。
なんとなく分かってはいる。
なんでこんなに胸が苦しくなるのかも、必死に嘘をついて、押し殺そうとしたからだ。
だけど・・・・
「・・・・サスケ君。私もね、今、恋してるから分かるんだけど、好きだって気持ちは、どうしようもないものだって思うの。」
あ、ちなみに相手はサスケ君じゃないわよっ、と付け足し、また続ける。
「会ったばっかりだからって別にいいじゃない。好きなものは好きなんだから。
言っちゃえばいいじゃない。今みたいにおもいっきり、好きだーって。
ナルトが長くいられないからって、このまま終わるより、ずっとずっと、楽だと思うわ。」
チャイムが鳴り響いた。
その途端、ハッと我に返ったように、慌ててサスケの腕を引っ張って教室へと戻るサクラを見ながら、サスケは、ある決意をした。
放課後、サスケはまた美術室に行った。
ナルトはいなかった。
だが、今はそのほうがいい。
ガラッと扉が開き、サイが入ってきた。
「ごめん、ちょっと委員会で遅れちゃって。」
「悪ぃな、忙しいのに。」
「平気だよ。それより、サスケ、話って何?」
「・・・今まで黙ってて悪かった。」
「?」
不思議そうに見つめるサイを奥の絵のほうに導き、今まで隠してきた、ナルトの絵を見てしまったことを正直に告げる。そして、昨日の出来事の事も。
「・・・・そうか。君は・・・・、」
沈黙。そして・・・・
「・・・じゃあ、この絵のことも、ナルトから聞いたんだね?」
「・・・あぁ、・・・本当に、すまなかったと思ってる。隠していたのに、それを・・・俺は・・・。」
「大丈夫、僕、怒ってないから。」
にこっと微笑んだサイの顔を見て、サスケは少しほっとした。
「そう、この絵は、ナルトに頼まれて描いたものさ。それも、葬式用にってね。」
そのことは何度聞いてもずきっと心が痛む。
ナルトは、どんな気持ちでそんなことを頼んだのか。
想像するのが苦しかった。
「・・・・でもね、僕は、この絵をそんなものの為に描いたわけじゃない。
これも聞いてるかな、この絵を描いた場所は、この風景と同じような真っ青な空と一面の向日葵畑の中だった。
ナルトのお父さんとお母さんのお葬式の次の日だよ。
それなのにナルトは、いつものような、いや、いつも以上な満開の笑顔だった。
・・昔から、彼はすごく感情を押し殺すんだよね。お通夜のときも、お葬式のときも、全然泣いたりしなくって・・・。」
話を聞きながら、サスケは昨日の涙の膜の張った青い瞳をぼんやりと思い出した。
「この絵を描くの、すごく嫌だった。何度も断ったんだけど聞いてくれなくて。
それで、僕も無理やりなナルトにちょっと腹が立っていたから、すごく雑に描いてあげた。
まぁ途中で、ナルトが具合悪くしたから完成はしなかったんだけど。
それでも、ナルトはこのままでもすごく満足してくれた。
サスケも、そうだから毎日見に来てたんだと思うんだけど・・・、でも、僕はこの絵が大嫌いだったから、いつも布を被せて見ないようにしてた。」
だけど、とサイは付け足した。
「・・・・さっきも言ったとおり、僕はこの絵を葬式用のためなんかに描いたんじゃない。
もちろん、ナルトの頼みで描いたものなんだからきっと葬式に使われちゃうだろうけど。
でも、どうせそんなことなら、こんな絵は燃やせばいいだけだ。
だけどそうしないのは・・・・、大嫌いだけど、そんなもののために使われてしまうけれど、それでも、あの夏の、本当は辛くてしょうがないのに、楽しそうに笑ってみせるナルトの笑顔を、残しておきたいって思ったからなんだ。」
普通はそんなこと、できっこないからね。と呟いたサイの顔はやはりどこか悲しそうだった。
※サクラちゃんがナルトを知っているのは、彼女もサイと同じように、ナルトの幼馴染だからです。