去年の、ナルトの誕生日に書いた小説です。
サスケ記憶喪失ネタ。



夕焼けの中で聴こえてくる歌声。
静かな広い草原にかすかながらも美しく響きわたっていた。
思わず聞き惚れていた頭をぶんぶんと振って、俺はその声の主のところへ駆けていく。
少し冷たくなった風が、優しく背中を押した。







俺とナルトは、里から遠く離れた特になんにもないところに住んでいた。
住んでいる家もぼろくて、強い風が吹くと今にも壊れそうに音を立てる、そんな家だったが、俺達はいつも幸せだった。
2人共そこにある全てに満足していたし、お互いとても仲が良かったからだ。
いや、ただ一つの事を除いて、そうだった。



「ラーララーラー・・・・・・あ、サスケ?」
「何の歌だよ、それ。」
夕焼けに照らされて、金色の髪が一層美しくみえた。
ナルトは俺に問われて少し困ったように笑った。
「えっ?・・・・・・んーと、ヒントは今日!」
「今日?10日?・・・意味がわからねぇ。」
「・・・・あ、もう御飯にしなきゃってばね。」
「話逸らすんじゃねぇよ、なんの歌なのか教えろ。」
「サスケ、遅いと晩飯抜きだってばよ!」
けらけらと笑って駆けるナルトに舌打ちして、また走った。
――また、かよ。
溜息を吐いた。ナルトはいつも、俺の聞くことに答えない。
日常的に困る事、例えば歯ブラシどこだとか、今何時だとか、そういったことには答えるくせに、今のような質問には一瞬悲しそうな表情を浮かべて話を逸らす。
そんなナルトの行動に心当たりが無いわけじゃない。
俺には昔の記憶が無かった。
この土地に来る前に居た里で、自分が忍者だったということはそこの昔の俺を知っているという女子に聞いた。
彼女もナルトと同じように悲しそうな表情を浮かべたが、それでもハッキリそう教えてくれたから間違いない。
ただ、それ以上のことは教えてもらえなかった。
それからしばらく経って、俺がここに住む事を勝手に決められた。
里は他国との戦争もあるかもしれないから安全ではないし、何よりもそういう場所にいて、また記憶が戻って忍者にならせたくないというのが本音らしい。(昔の俺、一体何をしたんだ。)
できるだけ人の少ない遠くの土地にと決められ、何故かナルトも一緒にいる事になって現在にいたる。
最初は追い払われたようで非常に気に入らなかったが、今はこの状況にとても満足している。
俺はナルトが好きだし、ナルトも俺が好きだ。
それだけでいい。
だから、ナルトが俺の所為でそんな顔をするのは辛かった。
いつも笑顔で、羊や馬の世話をして、のんびりと変わりゆく景色を眺めて。
ずっと、いつまでもここでそんな暮らしをして過ごしていたい。
けれど、反対に俺は過去の自分も知りたいと思う。
失った記憶。それが何故無くなったのかは分からないけれども。
ナルトが喜ぶのなら、俺は失った全てを知りたいと思っていた。


「・・・・で、さっきの歌はなんだ?」
笑顔だったナルトの表情がみるみるうちに険しくなっていくのが少し笑えた。
「お前、さっきからずっとそればっか!いい加減にするってばよ。」
「いい加減にするのはそっちのほうだろウスラトンカチ。さっきの歌はなんだ?」
「しつこいっ!!」
夕食時も、入浴時もめげずに質問を続けて、只今23時。
それぞれのベッドに入っても同じ質問を続けていると、ついにナルトがキレだした。
「あーーーーもうっ!!うっせーてばよ、どーでもいいじゃんそんなん!早く寝ろってばよ!!」
「うるさいのはてめーのほうだウスラトンカチ!どうでもいいことなら答えやがれっ!」
「ち・・ちくしょう、記憶無くしてんのにその悪口だけ覚えてるなんて嫌な奴だってば・・・。大体ウスラトンカチってなんだってばよ。」
「てめぇ・・・また話逸らしてんじゃねぇぞ。早く答えろ。答えない限り寝させねぇ。」
「ちょっ・・・!本当に嫌な奴!!もう知らねぇってばよバカサスケ!」
押し問答が重ねられた。
―これ以上やっても埒があかねぇ。
俺は口を閉じて、ひたすらナルトの寝顔を睨みつける。
そうすれば、忍者をやっていたときの勘で気配を感じ取るのか、絶対にナルトは寝ることができず、起きる事になる。
『サスケくんって、記憶がなくなってもそういうことは覚えてるのね。』
自分を忍者だったと教えてくれた女子が呆れ顔でそう言ってきた場面が頭に浮かんだ。
(昔の俺も苦労してたんだな、)
とにかく、これで間違いなく起きる。
最初は布団を被ってやり過ごそうとしたナルトも、やはり耐え切れなくなったのかしばらくして布団から頭から眼だけ覗かせて睨みつけてきた。
「さぁ答えろ。さっきの歌はなんだ?」
「・・・・お前さぁ、なんで、それ知りたいわけ?別にいいじゃんか。知らなくたって。」
恨めしそうに睨んでくるナルトを見ていて、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「お前は、俺に記憶を取り戻してほしくないのか?」
ナルトは、ハッと眼を見開いて辛そうな表情になった。
豆電気の橙色の暖かい光に照らされた瞳がユラユラと揺れているのが見えて、こっちまで辛い気分になる。
「・・・どうなんだよ。」
「わ、分かんない・・・ってばよ。」
ナルトは俺から目を逸らして、呟いた。
「俺ってば、今こうやってサスケと一緒にいれるの、すごく嬉しいけど、でもサスケが記憶を取り戻しちゃったらたぶんお前どっか行っちゃうだろうし、それって里の命令に背く事になっちゃうし、」
「・・・里は、あれだろ。『臭いものに蓋』の原理。」
「あー・・・たしかにそうなのかも。」
2人でクスリと笑った。その空気に和んだのか、ナルトは再び俺の瞳を見て、悲しそうに付け足す。
「だけど、きっとこの状況、記憶を無くす前のサスケがみたら怒り狂う気がするし、それなら、早く思い出させてサスケの自由にさせたほうがいいのかもって、思う。」
俺が繋ぎ止めとく理由なんて、本当はないもんな。そう言って微笑んだナルトを思わず抱きしめた。
パジャマ越しに伝わってくる温かな体温。けれど、その主はかすかに震えていた。
「・・・俺は、今幸せだぜ。」
「・・・・ん、分かってる。それは俺もそうだし、嬉しいんだけど・・・でも、本当にサスケの幸せ考えるなら、記憶思い出させてあげるのが一番かなって思うってばよ。多分俺ってばすっげー辛いけど・・。でもしょうがないし。あ、もちろん里から怒られるからこれってば駄目なんだけど。」
昔の自分は、一体どんな人物だったんだろう。
俺は今、こんなにもナルトが愛しいのに、今の生活にとても満足しているのに。
それでも、前の自分の幸せは今あるものではないとナルトは言う。
記憶を取り戻したいという願いはナルトが喜ぶなら、と思うのに、戻ったら俺はコイツを傷つけてしまうんだろうか。それは嫌だ、と思った。

「・・・・それで、さっきの歌はなんなんだ。」
腕の中のナルトは震えをピタリと止めて、信じられないというような顔で俺を見た。
「お・・・お前ってば、ちょっと・・・なんでこの流れでまた・・・」
「うるせぇ。昔の俺より今の俺だろ。」
ナルトは呆れてるのか、はあ・・と溜息を吐いてきた。
「なんだってばよそれ、なんか、もう記憶本当に無いのお前。そうやって今優先しようとするとこ、全然変わってないってばよ。」
「ふん、・・・なら今も昔も俺は記憶が無いこと以外は同じだってことか。」
「あ、そうかも。お前、何にも変わってないってばよ。ちくしょう・・・」
その一言に俺はふっと微笑んだ。
ナルトがぎょっとして目を見開く。
「・・・サスケ?」
「本当に何も変わってねぇんだな?」
「え?・・そうじゃね?だってお前相変わらずむかつk」
「なら、」
安心した。俺はきっと、
「・・・なら、きっと前の俺もお前のこと好きだったぜ。」
ナルトの、さっきから見開いていた瞳がさらに大きくなった。
そして、同時にぽろぽろとその瞳から流れ落ちる涙を拭っているナルトを、おもいっきり抱きしめた。


ナルトがようやく落ち着いてきた頃に、また同じ質問をしてみた。
「さっきの歌はなんだ?」
「・・・っお前、しつこいってばよ。」
ははっと笑うナルトの頬にまだ残っていた涙の雫を舐めとると、頬をうっすら紅く染めて、恥ずかしそうに言った。
「あ、えっと・・・今日・・・いや、もうすぐ終わっちゃうけど、俺の誕生日なんだってばよ。」
今度は俺が目を見開く番だった。
なんだそれ、そんなこと一言も聞いてない。
俺の思っていることがナルトにも伝わったのか、より一層頬を紅く染めて俯きながら続ける。
「だって、誕生日だってことさっきの夕焼けの時に思い出してさ、それに言うの恥ずかしかったしさ・・・」
「それで、」
「あっ、歌は、お前忘れてんだと思うけど、誕生日の日に歌ってもらう歌!なんとなく思い出したから歌ってたんだけど、自分で自分の為に歌うのって恥ずかしいじゃん。だから、あんまり教えたくなかったんだってばよ。」
もじもじとしているナルトに、また疑問を口に出す。
「前の俺は、その・・・お前に歌ってやってたのか?」
するとナルトは急に悪戯っこのようにニシシと笑って、懐かしそうに答えた。
「あるってばよ〜って言っても嫌々だったけどな!カカシ先生って人と、サクラちゃんってコと一緒に。お祝い事だからってお前2人にむりやり歌わされて・・・!あれは面白かったってばよ・・・!!」
うんうんと、思い出に浸っていた顔を、きゅうにぱああっと輝かせて俺を見つめてきた。嫌な予感。
「えっ!もしかしてサスケ、お前歌ってくれるの!?」
「んなわけねーだろ、ウスラトンカチ!大体歌詞もメロディーもしらねぇのに・・・!」
「じゃあ、俺が教えてやるってばよ!ぃや〜〜楽しみだってば、またあの情けないサスケが見れるなんて!」
「ふざけんじゃねぇっ!くそっ・・・」
ベッドに押し倒して、驚いているナルトの頬に軽く口付ける。
明日になるまで、あと10秒。
9・・8・・7・・・


「ナルト、誕生日おめでとう。」
今度はちゃんと唇にキスした瞬間、明日を知らせる振り子時計の音が鳴った。





ナルト HAPPY BIRTHDAY!!